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┃飛行機関連グッズ専門店『フライヤーズ』メールマガジン
┃2002年12月17日発行  【第17号】
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┘ ☆ MENU ☆

┘【1】店長のつぶやき
┘   ●今年最後です

┘【2】フライヤーズクイズ
┘   ●クイズに答えてプレゼントを当てよう!

┘【3】AIRPLANE HISTORY
┘   ●リンドバーグの郵便飛行士時代(後編)

┘【4】新千歳空港にまつわるお話
┘   ●千歳村と海軍航空隊(3)

┘【5】飛行機の話
┘   ●墜落実験のお話

┘【6】宛先変更および配信停止をご希望の方
┘   ●メールマガジンの宛先変更および解除したい時は・・・

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【1】--- 店長のつぶやき ----

●今年最後です

今年も残り後わずか。1年と言うのは本当に短いものですね。
12月に入りフライヤーズの店舗入口に
『PAN AM(パンアメリカン航空)』のスチールサインを
展示しました。PAN AMが倒産した際、ビルに入っていた
事務所から取り外した物です。どこのビルかは不明ですが。
直径は90cmも有り、なかなか見られるものではないので、
新千歳空港にお越しの際は是非立ち寄ってみてくださいね。

それでは2002年最後のメルマガスタートです。


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【2】--- フライヤーズクイズ ---

●クイズに答えてプレゼントを当てよう!

下記のクイズに答えてプレゼントを当てよう!
クイズにお答えいただいた中から抽選で3名様に
 ドラゴン・ウィングス社製
  ウェストジェット B737−200
  カナダ3000 A320
  エアカナダ タンゴ A320−200
をプレゼントいたします。

(1)千歳離着陸場に初めて着陸した飛行機は?
   1.北海一号機
   2.スピリット・オブ・セントルイス
   3.神風号

(2)新千歳空港の滑走路は何本?
   1.1本  2.2本  3.3本

(3)新千歳空港の航空管制は航空自衛隊が行っている。
   1.YES  2.NO

(4)新千歳空港の1日の利用客は?
   1.3万人  2.5万人  3.7万人

(5)ご意見・ご要望がございましたらご記入下さい。

解答された方は
 1)件名欄に、”フライヤーズクイズ”と記入していただき
 2)本文欄に、設問番号と解答、お名前、郵便番号、ご住所を
   記入していただき
 下記のメールアドレスまで送信してください。
mailto:flyers@po.new-chitose-airport.co.jp

《前回の解答と当選者》
前回のクイズの解答は
 (1)2(2)3(3)2(4)1
当選者は
群馬県にお住まいの志村 和音様にフィンエア B757−200
岐阜県にお住まいの櫻田  修様にUSエアウェイズ A320
北海道にお住まいの幸野美智子様に四川航空 A320 
に決定いたしました。おめでとうございます。
たくさんのご応募ありがとうございました!


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【3】--- AIRPLANE HISTORY ---

●リンドバーグの郵便飛行士時代(後編)

前回は、アメリカ大陸横断5千キロの郵便飛行ルートを結ぶ
孤独な飛行士たちのうち「飲まないエアメイル・パイロット」こと
チャールズ・A・リンドバーグ・・・小さな会社の運航部長兼
ヘッドパイロットであった彼・・・が、郵便飛行ルートのなかでも
最重要路線のひとつであった「セントルイス−シカゴ間」に
実務的な路線レイアウトをつくり、1926年4月、記念すべき
第一便の郵便飛行士としてセントルイスから飛び立つまでを
お話ししました。
さて、今回は郵便飛行士時代のリンドバーグを襲った緊急事態に
ついてお話しします。

リンドバーグは生涯に4度(2年間のうちに!)もの
エマージェンシー・パラシュートジャンプを行っています。これは、
キャタピラークラブ(※パラシュート脱出で生還した人々の会)の
最高峰的会員であるばかりか、イギリス空軍のトニー・ウッズ・
スコーエンと並ぶ最高回数記録保持者なのです。

その1回目は1925年3月、陸軍飛行学校在学中に起きています。
9機編隊の1機として飛行中、他の1機と空中衝突。
隣の機体と主翼が重なって離れず、やむなく脱出。無傷でした。
2回目はその3ヶ月後。民間の複葉機に搭乗中、スピンから
回復不能となり、またしても脱出。
少し肩を痛めた程度で、これも無傷といってよいものでした。

そして3回目が前回お話しした「セントルイス−シカゴ間」の
郵便飛行中に起きたのです。

ルート開設から半年ほど経った1926年11月3日。夜の便。
リンドバーグは3個の郵袋を搭載してセントルイス・ランバート
飛行場を夕方の4時25分に離陸しました。
DH4は予定通り中継地を結んでいきます。
最終中継地イリノイ州ペオリアを6時10分に離陸し、いよいよ
目的地シカゴへ向かいます。北東へ25マイル進んだあたりで、
完全に暗くなりました。いつの間にか視界は霧でさえぎられて
います。リンドバーグはペオリアに戻ることをすぐにあきらめ、
シカゴに敢然と向かうことに決めました。7時15分まで
盲目直線飛行を続けます。既にシカゴ上空のはずですが、濃い霧が
それを確認させません。そのまま35分間上空を旋回し続けます。
皮肉なことに上空は、月に照らされた断雲が鮮やかなシルエットを
えがき、星が明るく輝いています。
しかし、地上は相変わらず何も見えないのでした。
西へ飛んでミシガン湖かトランスコンチネンタル鉄道を見つけよう
・・・。しかし15分西へ飛んでもダメ。DH4のメインタンクは
110ガロン(後に知ったのですが、実際には85ガロン・タンク
に交換されていたのです)、緊急時のためのリザーブ・タンクは
9ガロンで20分もちます。7時51分、メインタンクが空に
なりました。リザーブに切り換え、高度を下げます。
照明弾を投下。ところが照らし出されたのは厚い雲のみ。
もはやこれまでと判断したリンドバーグは脱出に備え、
機首を市街地から遠ざかる方向に向け、高度を上げました。
そこでついにすべての燃料を使い果します(燃料を残して
脱出してしまうと墜落機が発火して郵便物が燃えてしまうのです)
エンジン停止。
リンドバーグは雲の中を落下傘降下していきました。

ハードランディングした地点は、イリノイ州コーベルの
トウモロコシ畑でした。またしても、無傷です。愛機は
2マイル先に落下。大事な郵袋の内、満杯だった1袋だけ口が
開いていたものの他は大丈夫でした。
無事だった郵便物を確認して安心したリンドバーグが
墜落機の前に立ち、当時の記録写真にも収まっています。

ちなみに、4回目のパラシュート脱出は7週間後、同ルートで
起きました。前回の経験を生かし1万フィートからの脱出。
本人も郵袋も無事でした。

それから、5ヶ月後。リンドバーグは、「ニューヨーク−パリ間」
大西洋横断単独無着陸飛行を成し遂げ、一躍世界にその名を
とどろかせることになるのでした。


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【4】--- 新千歳空港にまつわるお話 ---

●千歳村と海軍航空隊(3)

陸軍を誘致しようとさまざまな働きかけを行ってきた千歳村に、
いよいよ海軍航空基地が建設されることとなりました。
前回と話は前後してしまいますが、北海道に海軍航空基地が
建設されるに至った背景についてはじめに少しお話しましょう。

国防力が充実してきた昭和のはじめ、9年と11年に、
日本はワシントン条約とロンドン条約を脱退しています。
両条約は日本にとって不公平な軍備制限をしており、アジアの
中心的な役割を担おうとする上で大きな妨げとなっていました。
脱退により海軍軍備において無条件下となった日本は、
軍縮条約下での軍備計画、つまり、制限された軍備状況下で
十分な国防力を発揮するために、制限内艦や制限艦艇の拡充、
航空兵力の増強に重点をおいて立てられた計画をさらに増強する、
あらたな計画を打ち立てます。
それは、前計画での増強をもっても弱体な航空兵力を拡充しようと
するもので、14隊の陸上航空隊を増勢するほか、
「大和」型戦艦以下6隻の新造とされました。
航空基地整備については、米国がサンフランシスコ側に基地を構え
日本を包囲しようとしているため、その方面に対しいち早く整備を
する必要がある、と考えられ、前号でお話したように日本本土の
北端・北海道へ、そして地理的条件から千歳へと整備の目が
向けられたのでした。

そして、千歳に戦闘機操縦士や航空本部員が次々と訪れます。
昭和12年4月中旬に行われた1週間ほどの適地調査を経て、
千歳海軍航空基地は、10月18日に起工式を迎えました。
しかし、実際にはそれより以前、12年の初頭には、すでに
立木の伐採や整地に着手していたとの当時の航空本部員の
記録があります。海軍は、米国アリューシャン列島の航空基地
整備に対抗するべく、計画を繰り上げて軍備の充実を急いで
いました。

そんな中、中国で支那事変が勃発します。
支那事変は、昭和12年7月7日、中国・北京で日中両軍が衝突し、
それが中国全土まで巻き込んだ戦争へと発展したもので、
その後8年間も続く日中戦争の発端となりました。
海軍は、支那事変によってますます千歳航空基地の整備を
急ぐことになりました。それは、支那事変の第三国干渉や
米航空兵力の弓型日本包囲に対抗するため、と考えられます。

昭和14年10月1日、千歳海軍航空基地が未完成の状態で
開設され、海軍航空隊が開庁しました。完成したのは
南北の主滑走路のみで、格納庫は2棟建設中でした。
当時の千歳航空隊には、96陸攻、96艦戦、97艦攻がおり、
千歳に配備されていたのは海軍の新鋭機でした。

次回は、千歳海軍航空基地の施設についてお話します。

参考文献:
守屋 憲治 著「北の翼」千歳航空史


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【5】--- 飛行機のお話 ---

●墜落実験のお話

自動車で車体自体の安全対策など、実際に自動車をぶつけて
研究を行っているのはどこのメーカーも行っている事。
しかし道路の上でしか移動しない自動車と違い、空中を移動する
航空機となると実験もたいそうなものになります。
今回の飛行機のお話はNASAやアメリカ連邦航空局(FAA)が
行っているさまざまな事故を想定した実験のお話です。

アメリカでは、NASAやFAAがさまざまな状況下の事故を
想定した実験が行われており、中でも有名なのはバージニア州
ラングレーでNASAが行っている墜落時の衝撃を吸収する
シートの研究です。
元々はアポロ計画で月着陸船の操縦訓練のため造られた巨大な
クレーンでパイパー・ナバホ双発軽飛行機を吊り上げ、
地面に落下させると言う乱暴なもの。落下させるだけで衝撃が
少ないときはロケットを装着し加速までさせます。
いくらNASAの予算が膨大とは言えナバホを買い付け壊す事は
不可能なため、メーカーのパイパー社で洪水によって水に漬かって
しまい、売り物にならなくなったものを買い付けたものなのです。

実際の航空機事故で最も多いのが離着陸時なのは周知のとおりで、
不時着の際に起こる火災が被害を大きくしています。
そこでFAAは燃えにくいジェット燃料を研究するため、
アメリカ海軍から用済みになったP−2大型哨戒機2機を
ロケット推進で走らせ、燃料に発火させたりもしました。
しかし、それでも地上での実験であり、一連の新ジェット燃料
試験の締めくくりとして本物のジェット機を胴体着陸させる
実験までもしました。

実験の場となったのはモハ−ビ砂漠で1984年の事。
FAAはNASAの協力のもと、FAAで長く使ってきた
ボーイング720、4発ジェット旅客機を近隣のエドワーズ空軍
基地から無線誘導で離陸させ、モハ−ビ砂漠に造った飛行場には
滑走路の端に着陸誘導等や障害物を設置し、これら障害物に機体を
ひっかけて胴体着陸すると言う実験でした。
機内の座席にはダミー人形を乗せ、その座席もFAAが開発した
難燃性のシートでした。
実験は計画どおり障害物に機体をひっかけ滑走路をオーバーラン。
しかし、旅客機事故で火災発生の原因と見られている火球が
発生し、炎は機体全体を包み、乗っていたダミー人形までも
焼け焦げてしまい、結果として新燃料でも火災は防げない事を
証明してしまいました。

その後もFAAは安全な旅客機を目指し研究を続け、最近では
用済みになったボーイング747ジャンボジェットを使用し、
爆破テロを想定した爆破実験も行っています。

参考文献:
グリーンアロー出版社 西村 直紀 著 「世界の珍飛行機図鑑」


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最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。

次回号もお楽しみに!(^-^)

【第17号】 終