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┃飛行機関連グッズ専門店『フライヤーズ』メールマガジン
┃2003年5月19日発行 【第22号】
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┘ ☆ MENU ☆
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┘【1】店長のつぶやき
┘ ●JALの新塗装
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┘【2】AIRPLANE HISTORY
┘ ●ジョン・アルコックとアーサー・ブラウンの
┘ 大西洋無着陸横断飛行
┘
┘【3】飛行機の話
┘ ●エアバス社
┘
┘【4】アンケート
┘ ●3名にすてきなプレゼント!
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┘【5】宛先変更および配信停止をご希望の方
┘ ●メールマガジンの宛先変更および解除したい時は・・・
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【1】--- 店長のつぶやき ----
●JALの新塗装
JALのロゴが変わり、機体も次々と新塗装に塗り変えられて
いますが、JASのMDシリーズがJALの新塗装に変わったのを
見ると、何となく違和感を抱く今日この頃です・・・。
皆さんは鶴マークの旧JALマークとライジング・サンの
新マーク、どちらが好きですか?
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【2】--- AIRPLANE HISTORY ---
●ジョン・アルコックとアーサー・ブラウンの
大西洋無着陸横断飛行
1909年ブレリオが英仏海峡の横断飛行に成功すると、
デーリーメール紙は大西洋の無着陸横断飛行に成功したものに
1万ポンドの賞金を出すと発表しました。
しかしそれはアメリカ、カナダからイギリスまで、距離にして
最短でも3000kmもの長距離を無着陸で飛行するという、
この当時ではまだ飛行機の進歩を待たなければ簡単には渡れない
ものでした。
やがて第一次世界大戦が勃発し、一旦計画は中止されましたが、
1919年に改めて公募されました。ブレリオの英仏海峡横断から
10年、この間飛行機は堂々とした乗り物に進化しました。
戦争中、各国で双発、4発の爆撃機が造られており、この爆撃機を
改造すれば北大西洋横断は充分に飛行できるはずです。
1919年5月、カナダ東海岸のニューファウンドランド島の東端
セントジョーンズに4組の挑戦者が集まりました。
まずホーカー、マッケンジー組が無事に飛び立ちましたが、
2番手のレイナム、モーガン組は離陸に失敗してしまいました。
セントジョーンズの滑走路の長さは360m、とても短い距離に
思えますが、当時としてはまだ長い距離でした。
無着陸長距離飛行ではもちろん、大量の燃料を積まなければ
なりません。しかし、特大のタンクを搭載し、既存のタンク以外に
補助タンクを積むとなれば、当然、離陸重量が重くなります。
しかも、当時の滑走路はコンクリートなど無く、草地をローラーで
固めた滑走路で、それでは大量の燃料を積んだ飛行機ではタイヤが
地面にめり込みなかなか加速できず、滑走路の端までいっても
浮き上らなくて事故になり、大量の燃料が事故を悲劇的にして
しまいます。飛び上がったとしても、燃料タンクの配置が悪ければ
またそれも事故に繋がります。燃料タンクの配置で一番重要なのは、
重心位置の確保です。使用に伴って燃料が少なくなり、それに
よって重心位置が狂えば飛行機は安定して飛べなくなるので、
燃料タンクは主翼から離れたところに積むわけにはいきません。
補助タンクなど複数のタンクを使用する場合は、飛行中もタンクを
切り替えて重心が狂わないようにしなければならないのです。
飛び上がったけれども、直後にフラフラして墜落する事故は、
初心者パイロットの操縦ミスを除けば、まず重心位置に問題が
あります。
離陸に成功したホーカー、マッケンジー組みでしたが、それきり
消息を絶ってしまいました。
そして6月14日、ジョン・アルコックとアーサー・ブラウンが
「ビッカーズ・ビミー」に乗って飛び立ちました。この飛行機は
第一次世界大戦の終戦直後に完成した新鋭双発爆撃機で、
複葉の主翼を持ち、エンジンはロールス・ロイス・イーグル水冷
350馬力エンジンを搭載していました。彼らはこの飛行のために
不要なものは全て取り外し、燃料タンクを2340リットルのもの
から3930リットルに増やしました。このため軍用装備は
外しているものの、離陸重量は500kgを超えているはずです。
アルコック達は風をとらえるため11時間も待ちました。
そして午後4時、ようやく風を捉えて離陸しました。270mで
離陸したことから、よっぽど良い風を捉えたのでしょう。
しかし、離陸するとすぐに無線機が故障してしまいました。
そして飛行コースは冷たい霧に包まれていました。
また、今日では考えられませんが、夜間や霧・雲の中を飛ぶで
あろうこの飛行機には、飛行機の姿勢を示す計器、水平儀が
付いていませんでした。当時まだ発明されていなかったのです。
コンパスと速度だけの推測航法で飛行し続けましたが、今度は
速度を測るピトー管に氷が付き、ラジエターの入り口には雪が
詰まってしまいました。湿った冷たい空気が飛行機に危険な氷結を
もたらすのです。速度計が作動しないので、錯覚から失速し、
きりもみになって海面近くまで落下してしまいました。
彼らは時速185km/h、風速50m/秒の新幹線に近い
速度で飛んでいる飛行機の翼の上を這って、氷をナイフで
削り落としました。
同じような天候が全コースに渡って続きました。待機に11時間、
飛行に十数時間の不眠・不休、睡魔と寒風と悪気流に翻弄される
苦闘が続きました。もう気力も体力も尽き果てそうになったとき、
アイルランド・クリフテンの町の無線塔が現れました。
草原を見つけて着陸するとそこは湿原でした。飛行機は脚をとられ
逆立ちになり壊れてしまいましたが、とにかく3040kmの
距離を飛び、大西洋を無着陸で横断したのです。
このとき「ビッカーズ・ビミー」にはまだ10時間分の燃料が
残っていたそうです。ロンドンまで飛んでいたら・・・。しかし
これで充分でした。彼らは無着陸で大西洋を渡ったのですから。
イギリス国王、キング・ジョージ五世から彼らに「サー」の称号が
贈られました。彼らに栄光をもたらした航空技術の第一は、
十数時間、全力で回り続けてくれた「ロールス・ロイス・イーグル
水冷350馬力エンジン」でした。今日に繋がるロールス・ロイス
製航空エンジンの名声の基礎が、このエンジンによって築かれた
のです。(現在もボーイングやエアバス等の旅客機にロールス・
ロイス製エンジンが使用されています。)
「ビッカーズ・ビミー」も安定した飛行をする、優れた飛行機
でした。現在は修復され、ロンドン・サウス・ケンジントン
博物館に展示され、ジョン・アルコックとアーサー・ブラウンの
像はロンドン・ヒースロー空港の一角、英国航空のターミナル
近くに置かれています。
参考文献:鳥飼鶴雄 著 グランプリ出版 「大空への挑戦」
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【3】--- 飛行機のお話 ---
●エアバス社
今回は2大航空機メーカーの一つ、「エアバス」社誕生のお話です。
1950年代、世界の旅客機市場はアメリカとイギリスが独占する
状態でした。特にアメリカの3大航空機メーカー「ボーイング」
「ロッキード」「ダクラス」の開発した長距離旅客機は
ヨーロッパの空を悠然と飛びまわっていました。そして
1960年代に入りジェット旅客機が普及し始めると、米英の
航空機メーカーはこぞって大型ジェット旅客機を造り始めたの
です。中でもボーイングやダグラスと言った大手旅客機メーカーは、
強い資金力をバックに次々に新型機を誕生させ、ヨーロッパ市場に
対しすさまじい販売活動を始めたのです。このためヨーロッパの
航空産業ではアメリカの進出を抑え、ヨーロッパ自身の航空産業を
発展させるためにはどうしたら良いか、ということが大きな課題と
なってきました。
1960年台後半になりジェット旅客機の技術が著しく発達し、
経済的なターボファンエンジンが普及し始めると、ボーイング、
ダグラス、ロッキードのビック・スリーは先を競うように旅客収容
能力の大きいワイドボディー旅客機の開発を始めました。これに
遅れをとっては大変と、ヨーロッパの大手航空機メーカーである
シュド・アビアシオン(後のアエロスパシアル)、ブリティッシュ・
エアクラフト社(BAC)、ホーカー・シドレー、ブケレー等も
比較的胴体の太いワイドボディー旅客機の開発を検討し始めました。
当時はまだ航空機を国際共同開発するという考えは一般的では
なかったため、各社それぞれ意欲的なデザインの新型機を独自に
開発する事を計画していたのです。
1967年になって、イギリス、フランス、西ドイツの3ヶ国
政府は、各国の航空機メーカーがそれぞれ個別に検討していた
大型旅客機の開発案を一つに統合して共同開発する事を話し合い、
旅客機の機体とエンジン特性の決定や概要設計に関する予備協定を
結びました。この航空機はまさに世界のエアバスの標準となる
旅客機を開発することを目標にしていたため、いつ誰からともなく
「エアバス計画」と呼ばれるようになりました。
大都市間をまるで乗合バスのようにシャトル運行する中距離の
大型ワイドボディー旅客機を、当時は一般的に「空のバス」、
つまり「エアバス」と呼んでいたからです。今日固有の
ブランド名となっている「エアバス」という呼び名は、当時は
中距離大型旅客機の一般総称だったのです。
英仏独の3ヶ国政府は、将来の旅客機共同開発を前提にした協議を
進めるために、それぞれの国を代表するにふさわしい機体メーカー
1社とエンジンメーカー1社を選定する事になり、イギリスからは
ホーカー・シドレーアビエーション社とロールス・ロイス社が、
フランスからはシュド・アビアシオン社とスネクマ社、西ドイツ
からはメッサーシュミット・ベルコウ・ブローム社とVFW社が
共同出資して作った会社ドイチェ・エアバス社とマン・ツルボ・
ウニオン社がそれぞれ国の代表企業に選ばれました。
ヨーロッパ3カ国が共同開発しようとしていた機体は300席級の
ワイドボディー・エアバス旅客機であったことから「エアバス
300」と呼ばれ、後にこのプロジェクトはヨーロッパA300
計画と呼ばれるようになりました。そしてこの「エアバス」という
言葉は、当時、この新型機自体を指す固有名詞になりつつあった
ため、3カ国では商標として使用する事を決め、「エアバス」の
名は共同事業体のトレードマークとして正式に登録されたのです。
3カ国による共同開発が具体化しつつあった1968年3月、
イギリスのロールス・ロイス社は、エアバス向けに開発していた
エンジンがアメリカのロッキードL1011トライスターに採用
されたため、この開発を急ぐ事になり、A300向けのより強力な
エンジンを平行して開発する事が困難になってしまいました。
このためA300はトライスターと同じエンジンを使用する事を
余儀なくされ、当初の計画より旅客収容力を若干減らした仕様に
改められ、A300Bとして開発される事になりました。
その後は順調に開発が進むと思われましたが、ロールス・ロイス社
はその後イギリス政府の支援を受け、エアバスのライバルである
ロッキードのトライスター計画に全力を傾ける事を決定し、
イギリス政府もエアバスA300B計画に参加しない方針を
決めてしまいました。
残されたフランス・西ドイツの両政府はやむを得ずイギリス政府
抜きでこの計画を推進する事にし、両政府による協定は1969年
5月に調印され、1970年12月に「エアバス・インダストリー」
という特殊法人が設立されました。その後オランダとスペインが
加わり、A300Bの生産型A300B2の1号機は1973年
6月に初飛行し、翌年、エールフランスに引き渡されました。
これに続く2番目の製品A310は1982年に初飛行。当初は
この2機だけだったため、まだまだボーイングに対し劣勢だった
ものの、その後A320、A321、A319やA318が開発
され、そして長距離型4発機A340や双発機A330がライン
ナップに加わると、エアバスは真正面からボーイングに競争を
挑む存在になり、さらに現在、ボーイングのB747(ジャンボ
ジェット)を凌ぐ旅客収容数を誇る総2階建ての超大型機、
A380が正式に製造開始されたことで、世界最大の旅客機
メーカーの座をボーイングと争うまでになったのです
参考文献:「月刊エアライン」イカロス出版
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たくさんのご応募ありがとうございました!
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【第22号】 終