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┃飛行機関連グッズ専門店『フライヤーズ』メールマガジン
┃2004年5月21日発行  【第34号】
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□ご注意・・・
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□その際は予めご了承ください。

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┘ ☆ MENU ☆

┘【1】店長の挨拶
┘   ●飛べない鳥

┘【2】AIRPLANE HISTORY
┘   ●ある技術士官の死と日本のジェットエンジン

┘【3】AIRLINE HISTORY
┘   ●ヴァリュージェットの会社再生方法

┘【4】プレゼントのお知らせ


┘【5】宛先変更および配信停止をご希望の方
┘   ●メールマガジンの宛先変更および解除したい時は・・・

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【1】--- 店長の挨拶 ----

●飛べない鳥

今回のお話に登場する飛べない鳥「キウイ」とはニュージーランドの国鳥で、
現在は絶滅の危機にあるそうです。「キウイ」と聞いて最初に連想するのは
誰もが食べたことのある果物「キウイ」。原産国は中国ですが、本格的に栽
培されるようになったのはニュージーランドで、飛べない鳥「キウイ」に形
が似ていることから名付けられたそうです。

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【2】--- AIRPLANE HISTORY ---

●ある技術士官の死と日本のジェットエンジン

 ナチス・ドイツが連合軍に無条件降伏してから一週間後の昭和20年5月、
一隻のドイツ潜水艦がアメリカ東海岸沖の大西洋で降伏しました。
武装解除に向かったアメリカ海軍駆逐艦サットンが押収したこの潜水艦U
234の乗組員名簿には、2人の日本海軍技術中佐の名前が記載されていま
したが、そこにその二人の姿はありませんでした。
 
 一人は東大航空学科出身の庄司元三で、昭和14年からイタリアを中心に
ジェット機とジェットエンジンの技術情報収集にあたっていました。
もう一人は東大船舶工学科出身で潜水艦技術の専門家・友永英夫、ドイツ
からの技術交流を強く期待され、昭和18年4月にインド洋で日本潜水艦から
Uボートに乗り移りドイツへ渡っていました。
 大西洋の制海権が完全に連合軍側に握られ、成功の公算がますます少なく
なっているこの時期に2人がドイツ潜水艦に便乗して日本に向かったのは、
軍人として使命に従っただけではなく、技術者としてどうしてもヨーロッパ
の先進技術を日本に伝えなければという思いにかられたからでした。
海外から敗色濃い祖国を思い、技術者として祖国の滅亡をただ見守ることは
できなかったのです。
  
 航海の途中で発生したドイツの無条件降伏、そして潜水艦長の降伏決意を
聞かされた二人は携帯する書類を処分すると、5月11日の夜、覚悟の自決
を遂げました。遺体は遺書に従ってアメリカ駆逐艦が到着する前に丁重に水
葬され、日本海軍の軍艦旗に包まれた二人の遺体は大西洋に消えました。
 
 その頃彼らが思いを馳せた祖国・日本ではジェットエンジンとジェット攻
撃機「橘花」の開発が不眠不休で続けられていました。
日本海軍の種子島技術中佐がジェットエンジン開発の必要性を説き始めたのが
昭和13年、その熱意とイタリアのカンピーニN1の飛行に刺激され、
海軍がジェットエンジンTR10の研究試作に乗り出したのが昭和17年、
ジェットエンジンの開発はヨーロッパに比べて決して遅れていたわけではな
かったのです。しかし、海軍の技術上層部がその技術的な価値を充分に理解
せず、また人も予算も設備も充分ではなく、技術的難問も山積みされていました。
それが一転、重要なテーマとなったのは、戦況が不利になり、もう南方から
の石油を運ぶことができなくなり、ジェットエンジンが松の根っこを蒸留して
造った低質松根油を燃料として使うことができる、というのが上層部の興味を
ひいたからです。欧米各国が飛行機の性能向上の切札としてジェットエンジン
に注目していましたが、特攻機用のエンジンとしてしか評価できなかったとこ
ろに、日本の技術幹部や技術行政担当者の発想の貧困さがありました。

 庄司・長友の二人が日本へ向けてドイツを出発する1年前の昭和19年4月、
同じく技術を習得するためドイツへ渡っていた巌谷英一技術中佐は、ドイツを
訪問していた日本の伊29潜水艦に便乗し、フランスのロリアン軍港を出発し、
87日間かけてシンガポールへ、そこから飛行機で7月に日本へ帰ってきました。
しかし届いたのは鞄に入れて運ぶことのできたメッサーシュミットMe163
戦闘機のロケットエンジンの説明書と、BMW003ジェットエンジンの一般
構造断面図だけでした。残りの設計図などは伊29潜水艦がシンガポールで
巌谷を降ろし、シンガポールを出発した後、バジー海峡で撃沈され失われました。
第二次大戦中、日独間の連絡や兵器や技術交換のために日本から5隻、ドイツと
イタリアの潜水艦7隻がドイツを発ちましたが、日本本土まで到達したのは日本と
ドイツの一隻ずつだけでした。日独間の1万5000海里(約3万km)の航路は
制海権も制空権も連合国に握られていたのです。多数の日独の技術者、潜水艦乗組員、
そして貴重な資料が深海に沈んで帰りませんでした。そして、庄司・友永技術中佐の
死はその悲劇の終章だったのです。

 ドイツから届いたのは僅かな資料だけでしたが、それが国産ジェットエンジン
「ネ20」の問題解決にヒントを与え、また、問題解決のヒントを掴めるまで日本の
ジェットエンジン技術は完成していました。開発は急展開し、最初の国産ジェット機
「橘花」は昭和20年8月7日、ついに大空を飛んだのです。
 
 しかし初飛行の前日、広島には原爆が投下され、そして8月15日、日本はポツダム
宣言を受け入れ、連合軍に降伏しました。

参考文献:鳥飼鶴雄 著 グランプリ出版「大空への挑戦」


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【3】AIRLINE HISTORY

●ヴァリュージェットの会社再生方法

1991年にはパンナムが倒産しましたが、同じ年にはアメリカの
航空会社大手4社にまで数えられたこともあるイースタン航空も倒産し、
規制緩和が始まる以前より航空会社は少なくなってしまいました。
生き残った小さな航空会社は皆無で、すべて倒産するか大手航空会社に
買収されるか他の中小航空会社と合併し大手になるか、そのどれかに
収束しました。しかしアメリカは航空事業に規制の無い国です。
中小航空会社が無くなり、大手が独占するようになり運賃などが値上がり
すると、すぐにまた新しい航空会社が誕生する可能性があるのです。
おりしもパンナムなどの大きな航空会社が倒産しており、行き場の無く
なった飛行機も、また倒産で解雇されたパイロットもたくさんいました。
 そこで1990年代前半には再び新しい航空会社が何社か誕生します。
1992年、ニュージャージ州のニューアーク空港を拠点に運行を開始した
キウイ・インターナショナルエアラインズは、元パンナムの機材、
職員が中心になり運行を開始し、社名にあえて飛べない鳥「キウイ」
を冠したことで話題を呼び、南はフロリダのウエストパームビーチ、
西はラスベガス、そして一時期は国際線としてバーミューダへも運行しました。
 一方、同じ1992年アトランタではヴァリュージェットという航空会社が
誕生します。社名からも連想できる通り、格安運賃を売り物にした航空会社で、
アメリカ大手航空会社やトルコ航空から購入したダグラスDC−9を使い
フィラデルフィア、マイアミ、シカゴ、メンフィスなどへ運行を始めます。
この地域はピープル・エキスプレスが消えてからは久々の格安航空会社の
誕生ということで旋風を巻き起こしました。両者も中古機で運行、
パイロットは主に航空戦国時代に倒産・解雇されたパイロットが中心で、
再びアメリカに格安航空会社が誕生したということで、誰もが戦国時代第2幕かと
考えていました。しかしある事故をきっかけに状況は一変します。
1996年ヴァリュージェットのマイアミ発アトランタ行がマイアミ
空港離陸直後に墜落、多くの犠牲者を出してしまいます。この事故以来、
「中古機を使っている新規参入航空会社は危ない」というイメージがアメリカ中に
蔓延し、これら新規参入航空会社の経営は悪化していくのです。

 墜落したのはダグラスDC−9で、事故当時の機体年齢は26年ほど、
決して新しくは無いものの、そのぐらいの年数の発った飛行機は大手でも
使用していますが、イメージだけで格安航空会社が避けられるようになった
のです。後に、ワニの多くすむ沼から執念の作業で墜落した機体が引き上げられ、
原因究明が行われた結果、貨物室に積まれた酸素発生器に安全キャップがされて
おらず、そこから火災が発生したことが原因と判明しました。つまり機体が古いと
いうこと自体に事故原因は無かったのですが、イメージは変わらず経営は悪化の
一途をたどっていきます。しかしこのヴァリュージェットは意外な方法で再生
するのです。1997年、ヴァリュージェットの事故の影響で経営が悪化していた
エア・トランを買収し、事故でイメージが悪くなっていた会社名
「ヴァリュージェット」を捨て「エア・トラン」を名乗り、名前だけをすり変え
イメージを良くしたのです。その後経営は持ち直し、機体は急ピッチで新しいものに
代えられ、現在では全米13位にまでランクされるようになったのです。

参考文献 谷川一巳 著 主婦の友社 出版 「世界の航空会社物語」

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【4】--- フライヤーズアンケート ---

●アンケートに答えてプレゼントをもらおう!

アンケートに答えてプレゼントを当てよう!!
お答えいただいた方の中から抽選で


ヘルパウイングス 1/500シリーズ 
・イースタン航空 A300B4
・エアトラン B717−200
・アメリカン航空 B737−800

をそれぞれ1様にプレゼントいたします!
それでは今回のアンケートです!

「飛行機や空港、エアラインなど、航空の分野で皆さんが日頃感じて
 いる疑問をお書き下さい。」

解答された方は
 1)件名欄に、“フライヤーズアンケート”と記入していただき
 2)本文欄に、アンケートの答え、お名前、郵便番号、ご住所を
   お書き添えの上下記のメールアドレスまで送信してください。

  mailto:info@e-flyers.jp

締切りは6月15日必着とさせていただきます。


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【5】--- 宛先変更および配信停止をご希望の方 ---

●メールマガジンの宛先変更および解除したい時は・・・

 1)件名に「宛先変更」「停止希望」のどちらかを明記して
 2)対象メールアドレス、お名前、ご住所をご記入いただき
 下記のメールアドレスまで送信してください。
   mailto:info@e-flyers.jp
 ご記入もれがある場合は対応できませんのでご注意ください。
 よろしくお願い申し上げます。

┏━ お問い合わせ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
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┃   http://www.new-chitose-airport.co.jp/index.html

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最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。

次回号もお楽しみに!(^-^)

【第34号】 終