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┃飛行機関連グッズ専門店『フライヤーズ』メールマガジン
┃2004年7月1日発行  【第35号】
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┘ ☆ MENU ☆

┘【1】店長の挨拶
┘   ●遅くなりましたが・・・。

┘【2】AIRPLANE HISTORY
┘   ●後退翼の発見

┘【3】AIRLINE HISTORY
┘   ●パンナムの凋落

┘【4】プレゼントのお知らせ


┘【5】宛先変更および配信停止をご希望の方
┘   ●メールマガジンの宛先変更および解除したい時は・・・

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【1】--- 店長の挨拶 ----

●遅くなりましたが・・・。

今回のメルマガはいつもより少し時期が遅れてしまいました。
この場を借りてお詫び上げます。今後もどうか当店メルマガを
ご購読下さいますようお願い申し上げます。
では35号の始まりです!
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【2】--- AIRPLANE HISTORY ---

●後退翼の発見

 1945年5月、アメリカ陸軍は流体力学の研究で有名なセオドール・
フォン・カルマン教授を中心に、航空関係の研究者・技術者からなる
調査団をドイツに送り込みました。
その中にボーイングの技術長ジョージ・シェアラーがいました。
ドイツが無条件降伏したその日、調査団はハノーバーから数十キロ離れた
バーンズヴィックにあるフォルケンレーデ航空研究所を訪れ、
シェアラーはそこでジェット機の設計に革命的影響をもたらす
「後退翼」の研究結果を発見したのです。
「後退翼」とは飛行機の胴体に対し垂直に翼が伸びているのではなく、
後方に角度をつけた翼のことです。飛行機は高速で飛ぶと空気の圧縮性の
影響で衝撃波が発生し、スピードを落とせば衝撃波は消えるが、
もちろん航続距離が減ってしまいます。しかし後退翼を使えば衝撃波の
発生をより高速になるまで遅らせることが出来るのです。
試験データはそれを物語っていました。
シェアラーは占領軍の連絡手段を利用し、至急便で「新型爆撃機の設計を
一時中断せよ」と指示するとともに、発見した資料とその取扱いについての
メモを送付しました。

その頃シアトルのボーイングの設計室では後に戦略空軍の主力になる
B−47爆撃機の設計を行っていましたが空気の圧縮性の影響から設計は
行き詰まっていました。B−47は後退翼によりその問題を解決し、
アメリカ最初の後退翼大型機となり、アメリカ戦略空軍の主力爆撃機となり、
ボーイングジェット旅客機の今日は、一通のメモから始まったのです。
 後退翼の研究成果は連合国の全てに伝えられ、もちろん欠点はありましたが、
この技術の価値判断がその後の各国の航空技術の発展を左右しました。

そして、日本でも1958年(昭和33年)、日本で開発した最初の後退翼
ジェット機T1F2が富士重工の宇都宮飛行場で初飛行したのです。
当時はロッキードT−33練習機やノースアメリカンF−86戦闘機の
ライセンス生産が始まっていましたが、戦後、日本人自らの手で後退翼
ジェット機を開発し「音の壁」にせまり、戦後、航空機開発を禁じられた
空白の7年間を埋めようという意欲が官にも製造メーカーにもみなぎっていました。
初飛行後も細かいステップを踏みながら進歩し、限界速度もマッハ0.85から
徐々に上げて行きました。

そんなある日の試験飛行中、「目標筑波山、只今から緩降下、マッハ0.83」
と連絡が入りました。その日はまだ若い一尉が操縦桿を握り、地上の計測室では
全員が配置についていました。その時、「わっー!!」というパイロットが叫ぶ声が
無線から流れた。計測室の針が大きく振れ、「何も見えない!!」
というパイロットの声が続き、その時にはもう皆の顔から血の気が引いていました。
長い、そして実際には短い一瞬でした。T1F2は無事に帰ってきました。
オーバースピードし激しい揺れで身体が揺れ動き、何も見えなくなったということを
パイロットが生還してから聞いて分かりました。様々な原因が考えられましたが、
血気盛んな若いパイロットが禁じられた未知の世界を覗こうとしたのかもしれません。
しかし、そのことを言う人は誰もいませんでした。

その後、T1ジェット練習機は無事故ではありませんでしたが、
機体の設計や製造の欠陥による事故は無く、大勢の自衛隊パイロットを育成し、
2000年になってから訓練任務を新型機に譲りました。

参考文献:鳥飼鶴雄 著 グランプリ出版「大空への挑戦」


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【3】AIRLINE HISTORY

●パンナムの凋落

国際線で世界中を飛び回っていたパンナムは、国内線を充実させるべく1978年、
ナショナルエアラインを買収しました。あと3年待てば規制緩和によって国内線を
自由に運行できるという時期で、しかも76年にはすでに規制緩和・自由化は決まって
おり、また、イースタンエアラインズ等と競合し、経営が悪化していたナショナル
エアラインを高値で買収したのです。完全に早まった買収でした。
この時からパンナムの凋落は始まっていました。

ナショナルエアラインズはマイアミを拠点とする航空会社で、国際線を中心とする
老舗のパンナムとは社風も違えばパイロットの気質も異なるほか、パンナムの機材は
ボーイング、ナショナルは当時のダグラス製と何から何までことごとく違っていました。
そのためパンナムはナショナルを買収したことで、国内線を充実させるどころか収支を
大幅に悪化させてしまうのです。ナショナルエアラインズの買収は完全に失敗でした。
さらに79年には第2次オイルショック、景気の低迷と続き、燃料代高騰に加え国際線旅客が減り、
ドル安から国際線の収支も減る。誇り高きパイロットは多かったものの、
賃金は高く収支はますます悪化して行きました。80年代半ばには業績の良かった
子会社、インターコンチネンタルホテルズ、そしてニューヨーク・マンハッタンに
そびえるパンナムビルまでを売りに出すことになり、パンナムの凋落は決定的に
なりました。それでも国際線の老舗航空会社ということでコスト削減は進まず赤字は
増えるばかりでした。

何とかイメージチェンジを図って経営再建をと、機体のデザインを変更しました。
パンナムと言えば尾翼に地球儀のロゴマークが入り、古くから機体にブルーのラインが
窓周りに入っていましたが、「まだパンナムは健在だ」と言わんばかりに機体に大きく
PANAMと書くようになりました。機体に大きく社名を入れることは当時としては
大変珍しいことだったのです。

そんなパンナムが85年、エアバス社に新機材を30機近く発注しました。
世界は大赤字のパンナムのどこにそんな資金が調達できるのかと首をかしげました。
またその頃のエアバスには太平洋を横断できるような長距離機材は無く、
ジャンボ機並みの機材もありませんでした。全て中型機で購入機の使い道にも首をかしげるものでした。
が、その直後、パンナムは太平洋線部門をユナイテッド航空に7億5000万ドルで
売却するというニュースが世界を駆け巡りました。その売却資金で残る大西洋路線に新機材を投入、
ネットワークは縮小するものの、起死回生をかけ大西洋路線に力を入れるという方策に出たのです。
売却した太平洋路線はただ路線権を売却するのではなく、機材や乗員も含めた売却でした。
この売却は、歴史はあるものの機材も古かったのでパンナムにとっては有利な売却と言えたのです。
しかしその後もパンナムの経営状態は改善されること無く、南米線もユナイテッド航空に、
大西洋線はデルタ航空に売却、デルタ航空の資金援助を受けながら残った国内線と
カリブ海で細々と運行を続けましたが、頼みのデルタ航空が一方的に資金援助を
打ち切ったことから、91年、パンナムは60年の歴史にピリオドを打ったのです。

参考文献 谷川一巳 著 主婦の友社 出版 「世界の航空会社物語」

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【4】--- フライヤーズアンケート ---

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 1)件名欄に、“フライヤーズプレゼント”と記入していただき
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締切りは7月15日必着とさせていただきます。


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最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。

次回号もお楽しみに!(^-^)

【第35号】 終